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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)6095号 判決

原告 正栄株式会社

右代表者代表取締役 小倉正則

右訴訟代理人弁護士 有賀正明

同 井出弘光

同 佐藤雅美

被告 株式会社 トーメン

右代表者代表取締役 小沢正吉

右訴訟代理人弁護士 三宅省三

同 今井健夫

同 池田靖

被告補助参加人 株式会社新井組

右代表者代表取締役 新井辰一

右訴訟代理人弁護士 青木武男

同 千葉睿一

被告補助参加人 三井物産株式会社

右代表者代表取締役 八尋俊邦

右訴訟代理人弁護士 尾崎敏一

同 川津裕司

右訴訟復代理人弁護士 西本邦男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は全部原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三億八五三一万二一八六円及びこれに対する昭和五二年七月一〇日から支払い済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言(1項について)

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告は、娯楽球技場の経営等を目的とする株式会社であり、被告は棉花等の売買及び輸出入業並びに建設工事請負業等を目的とする株式会社である。

2  請負契約の成立及び工事の完成

(一) 被告は、昭和四五年四月二五日、原告から、栃木県小山市大字彦右衛門橋一五五三番地一、一五五四番地一(以下、「本件土地」という。)上に、鉄骨造平家建一部鉄筋コンクリート造二階建、床面積一階二五五〇・七一平方メートル、二階一六四・一〇平方メートルの遊技場(以下、「本件建物」という。)の建築工事を代金一億四三〇〇万円で請け負い、また、右同日、被告は原告に対し、右請負契約に付随して、ボウリング機械設備一式、日本ブランズウイック株式会社製A―2型三〇レーン分(以下、「ボウリング機械設備」という。)を代金一億三九五〇万円で売り渡し、これを本件建物に設置する旨約し、さらに昭和四五年五月一日ころ、被告は原告から本件建物の追加建築工事を代金六三八万九七六二円で請け負った。

(二) 被告は、昭和四五年一〇月二二日、本件建物建築工事及び同追加工事(以下、「本件工事」という。)を完成し、これに前記ボウリング機械設備を設置して原告に引き渡した。

3  本件建物の瑕疵

(一) 瑕疵の推定

(1) 損傷の発生

本件建物には、右完成引渡し後、次のとおり、損傷が発生した(以下「本件損傷」といい、本件建物内部の位置を別紙図面記載の記号に基づき表示する。)。

イ 雨漏り

昭和四五年一一月一五日ころから、本件建物内部のボウリングレーン上に雨漏りが発生し、昭和四六年七月ころから、雨漏りの範囲もビリヤード室の天井等に広がり、その程度もひどくなった。

ロ 亀裂等

さらに、右雨漏りに加え、次のとおり、亀裂等が発生した。

① A2、G2間の地中梁の亀裂

② F3、G1、G2、H2、K3の各鉄筋コンクリート製の柱及び根元付近の亀裂

③ エントランスホール、事務所、ボウラー席、倉庫、応接室の床の亀裂

④ ビリヤード室、男子ロッカー室、男子便所、女子便所、エントランスホール、浴室の各内壁、ボウラー席後部壁、階段部分側壁の亀裂

⑤ 玄関口の石段の移動

⑥ 車寄せの屋根を支える鉄骨柱の傾斜

⑦ 駐車場の舗装面の隆起及び亀裂

(2) 推定

被告は、本件工事の請負人として瑕疵のない完全な工事をすべきところ、右損傷は、本件工事が完全に行われていれば発生しないはずのものであるから、被告が実施した本件工事の瑕疵に基づくものと法律上推定すべきである。

(二) 具体的な瑕疵の存在

仮に右推定が認められないとしても、次の瑕疵により本件損傷が発生したものである。

(1) 基礎杭の支持力不足

本件建物の基礎杭は、設計上一本当たり二〇トンの長期許容支持力を具備すべきものとされているところ、基礎杭の先端が十分な地耐力を有する所定の支持基礎まで打ち込まれていなかったこと及び右杭が斜めに打ち込まれていたこと等により右長期許容支持力を欠き、本件建物を支えるに足りる支持力を有していなかったため、右基礎杭が不同沈下した。

(2) 鉄筋コンクリートの強度不足

本件建物の床スラブは、直径九ミリメートルの鉄筋を二五〇ミリメートルの間隔で配筋すべきであるのに、これを三〇〇ミリメートルの間隔で配筋しているばかりでなく、右スラブのコンクリート内部の中間に右鉄筋を配置しなければならないのに、割栗石の上に裸の鉄筋を敷き、漫然これにコンクリートを流しただけのきわめて杜撰な施工方法を実施しており、また、本件建物の鉄筋コンクリートの柱についても、その内部の配筋間隔が縦、横ともに不均一であるため、床スラブ及び柱の鉄筋コンクリートは所定の強度を具備していなかった。

(3) 仮に右(1)、(2)記載の瑕疵が認められないとしても、本件土地の根切り後の埋戻し工事に使用した埋戻し土や盛り土中にマグネシウム鉱滓が含まれていたため、右鉱滓が膨張し、本件損傷を発生させた。

4  損害

本件損傷の発生及びその進行により、本件建物は、ボウリング場として使用することが不可能となり、また、倒壊する危険も生じたため、原告は、昭和五一年一二月一〇日、やむを得ず本件建物を取り壊し、その結果、次のとおりの損害を被った。

イ 本件建物建築請負代金 一億四九三九万円

ロ ボウリング機械設備代金 一億三九五〇万円

ハ サウナ機械室建築請負代金 一〇〇〇万円

ニ ビリヤード一式代金 二六〇万円

ホ 広告塔建築請負代金 七〇〇万円

ヘ その他内外装設備代金 五〇〇万円

ト 設計監理料 五〇〇万円

チ 技術指導料 七五〇万円

リ 請負代金等利息 四五九二万二一八六円

ヌ 本件建物解体費用 一一四〇万円

ル 登記手続等費用 二〇〇万円

合計 三億八五三一万二一八六円

5  よって、原告は、被告に対し、請負契約の瑕疵担保責任による損害賠償請求権に基づき、損害金合計三億八五三一万二一八六円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年七月一〇日から支払い済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2(一)(1) 同3の(一)の(1)のイの事実のうち、本件建物引渡しの一か月後ころに雨漏りが発生したことは認め、その余は否認する。右雨漏りは、発泡性軽量コンクリート板(外壁)と基礎のコンクリートとの間のコーキング(防水埋込)が完全になされていなかったこと及び屋根材の長尺M型瓦棒のジョイントのパッキングが緩んでいたことが原因で発生したものであるが、その後の数回にわたる補修工事により、右雨漏りは完全に防止された。

(2) 同3の(一)の(1)のロの事実は認める。

(二) 同3の(一)の(2)のうち、被告の請負人としての責務の内容は認め、その余は争う。本件損傷は、本件建物の完成引渡し後に発生したものであり、その原因は本件工事に限定されるものではないから、原告において、本件損傷をもたらした具体的な工事瑕疵を主張立証すべきである。

(三) 同3の(二)の(1)ないし(3)の事実のうち、基礎杭一本当たりの設計上の長期許容支持力が二〇トンであること、本件土地の根切り後の埋戻し土等にマグネシウム鉱滓が含まれていたこと及び右鉱滓が膨張したためG2柱の亀裂を除くその余の本件損傷が発生したことは認め、その余は否認する。本件損傷のうち、G2柱の亀裂は本件建物二階の床がこの柱を基点としてくい違っているという構造設計上の問題に基づくものであり、その余の亀裂等は本件土地の土中に含まれるマグネシウム鉱滓が膨張したために発生したものであって、杭の支持力不足による不同沈下により発生したものではない。基礎杭が不同沈下するか否かを判断するには、当該基礎杭にかかる荷重と基礎杭の支持力を比較検討すべきであり、また、長期許容支持力は、安全性の見地から極限支持力の三分の一と定められていて、三倍の安全率を有するから、建物荷重が長期許容支持力以上であっても、極限支持力より小さい限り、必ずしも不同沈下が発生する訳ではない。

3  同4の事実のうち、原告がその主張の日に本件建物を取り壊したことは認め、その余は否認する。本件建物が倒壊する恐れはなく、亀裂等についても補修が可能であったのであって、原告が本件建物を取り壊したのはボウリング業界全体の景気後退もあってボウリング場の経営に行き詰まったためである。

三  抗弁(請求原因3の(二)の(3)に対し)

本件土地は、本件工事前に、地表約八〇センチメートルにわたって古河マグネシウム株式会社のマグネシウム鉱滓が盛り土されており、根切りした土に右鉱滓が交じっていたものであるが、右根切り土を埋戻し土や盛り土に再利用するように指示したのは、原告が設計監理を委託した株式会社設計事務所ゲンプラン(以下、「ゲンプラン」という。)であるから、本件瑕疵は、注文者の指図により発生したものである。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実のうち、本件工事前に、地表約八〇センチメートルにわたって古河マグネシウムの右鉱滓が盛り土されていたこと、根切り土に鉱滓が含まれていたこと、根切り土を埋戻し土等に利用したこと及び原告がゲンプランに設計監理を委託したことは認め、その余は否認する。

五  再抗弁

本件土地の表土は、白色で、付近の土や下層の土とは明白に異なっていたのであるから、被告は、右土を含む根切り土を埋戻し土や盛り土に再利用することが不適当であることを知り又は容易に知り得たにもかかわらず、これを原告に告げなかった。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  当事者、本件請負契約の締結及び工事の完成

請求原因1(当事者)及び2(請負契約の成立及び工事の完成等)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件損傷の発生

1  雨漏りについて

請求原因3の(一)の(1)のイの事実(雨漏り)について検討するに、本件建物の完成引渡し後、約一か月経過したところから、本件建物内部のボウリングレーン上に雨漏りが発生したことについては当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、右雨漏りの原因は、外壁と基礎のコンクリートとの間のコーキングが完全でなく、屋根材のジョイントのパッキングが緩んでいたという施工上のミスに基づくものであったこと、補助参加人新井組によるその後の数回にわたる補修工事により、右雨漏りは防止されたこと及び昭和四六年七月ころから、次項の亀裂等が発生したのに伴い雨漏りが再び発生し、その範囲もビリヤード室の天井等に広がったことが認められる。

2  亀裂等について

請求原因3の(一)の(1)のロの事実(亀裂等の発生)は当事者間に争いがない。

三  瑕疵の推定

請求原因3の(一)の(2)(瑕疵の推定)について検討するに、仕事の目的物に瑕疵があることは、完成された仕事が契約で定めた内容通りでなく、使用価値等を減少させる欠陥がある等不完全な点を有することをいうところ、請負人が注文者に対し完成した仕事の目的物を引渡した後に右目的物に損傷が発生した場合において、注文者が請負人に対し瑕疵担保責任を追及するには、民法六三四条(請負人の担保責任)の文言、形成及び請負人の瑕疵担保責任が無過失責任であること等を勘案すると、単に損傷が存在することのみから直ちに瑕疵の存在を法律上推定したうえ、右損傷の存在のみを主張、立証すれば足りると解すべきではなく、むしろ注文者において右損傷の存在のみならず、その発生原因である欠陥を瑕疵として具体的に主張、立証すべきであると解するのが相当である。

従って、右見解と異なる原告の主張は独自の見解として採用することはできない。もっとも、具体的な瑕疵の主張の当否を検討するに際して、損傷の存在自体から右瑕疵の存在を事実上推認することはもとより別論であって、この点は後に検討する。

四  具体的な瑕疵の存在

1  基礎杭の支持力

そこで、請求原因3の(二)の(1)の事実(基礎杭の支持力不足に)ついて検討する。

この点の原告の主張は、要するに、本件建物の基礎杭が建物を支えるに足りる支持力を欠いていたため本件建物が不同沈下し、その結果本件損傷が発生したというのであるから、本項においては、まず残存する一部の基礎杭に関しその支持力と建物荷重の計測値を考察し、次に、実際の杭打工事の状況において支持力不足を生ぜしめるような不備が存したかを考察して、杭の客観的支持力の面から不同沈下の蓋然性を検討したうえ、さらに、本件建物の客観的状態の面から、建物の高低測定により不同沈下の存在を直接的に窺わせる数値が認められるか、本件損傷の状況等から不同沈下の事実を推認しうるかを順次検討することにより、原告の右主張の当否を判断することとする。

(一)  F2、G2、H2及びI2各柱の基礎杭の支持力鑑定について

本件建物の基礎杭のうち、残存するF2、G2、H2及びI2各柱の基礎杭についてはその支持力に関し鑑定等の証拠調べが行われ、結論を異にする多数の証拠資料が存するので、まず、この点から判断する。

(1) 基礎杭の設計上の長期許容支持力が一本当たり二〇トンであることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、F2、G2、H2及びI2各柱の基礎杭の実際の長期許容支持力は、それぞれ二二・二トン、一四・六トン、一六・七トン及び一七・〇トンであり、G2、H2及びI2各柱の基礎杭についてはいずれも、設計上の長期許容支持力を下回っていることが認められる。

しかし、《証拠省略》によれば、建物の建築設計に当たっては安全性の見地から基礎杭が支持し得る最大の荷重(以下、「極限支持力」という。)の三分の一の数値をもって当該基礎杭の長期許容支持力としていること、従って、建物荷重が基礎杭の極限支持力より大きいときは当該基礎杭は沈下し、逆に建物荷重が基礎杭の長期許容支持力より小さいときは当該基礎杭は長期にわたり安定して建物を支え、右基礎杭は沈下しないし、また、建物荷重が基礎杭の長期許容支持力より大きくてもそれの極限支持力より小さいときは必ずしも当該基礎杭が沈下するとは即断できないことが認められる。

してみると、基礎杭が単に設計上の長期許容支持力を欠いていたというだけでは、直ちに、当該基礎杭が建物を支えるに足りる支持力を欠き、沈下を招く支持力不足があったとはいえないのであって、更に実際の建物荷重と基礎杭の極限支持力及び長期許容支持力とを比較して判断する必要がある。

そして、《証拠省略》によれば、F2、G2、H2及びI2各柱の基礎杭にかかる荷重は、それぞれ、一九・四七トン、一七・二三トン、一四・五三トン及び一四・五三トンであることが認められ、大島鑑定によれば、F2、G2、H2及びI2各柱の基礎杭の極限支持力は、それぞれ、六六・六トン、四四・〇トン、五〇・二トン、五一・一トンであることが認められる。

右認定の事実によれば、F2、H2及びI2各柱の基礎杭については建物荷重がそれの長期許容支持力以下であるから右各基礎杭は長期にわたり安定して建物荷重を支えていると認められ、G2柱の基礎杭についても、建物荷重がそれの長期許容支持力より大きいものの、極限支持力以下であり、しかも右極限支持力の二・五五分の一であって、長期許容支持力にあたる三分の一と比較してもさほどかけ離れた数値ではないのであるから、基礎杭を沈下させるに足りる程度の支持力不足があったとは到底認められない。

(2) なお、右各基礎杭の長期許容支持力及び建物荷重については、右認定の数値と異なる数値を示す証拠も存するので、以下これらについて検討する。

(イ) 甲第三九ないし第四二号証によると、社団法人未踏加工技術協会所属の荒居茂夫は、大島鑑定と同一の手法(標準貫入試験を伴うボーリングによる地質調査)によりG2柱付近の基礎杭につき、七トン又は九トンという大島鑑定よりもはるかに小さな数値の長期許容支持力を算出しているが、右荒居鑑定は大島鑑定に比してボーリングによる地質調査の位置及びボーリング孔の個数の点で劣るばかりでなく、証人村上博智の証言により成立の認められる乙第二〇号証の記載内容に照らし、採用し得ない。

(ロ) 甲第四四、四五号証によると、荒井茂夫は、G2柱の周囲三か所に本件建物建築当時使用した杭(直径三〇センチメートル、長さ一二メートル)と同型の杭を杭打ちした試験結果に基づき、五・九トンないし一三・六トンという大島鑑定よりも小さい長期許容支持力を算出しているが、大島鑑定及び《証拠省略》によれば、杭打ち試験は標準貫入試験よりも精度の上では劣ることが認められるので、右甲号各証の記載内容は採用することができない。

(ハ) 前掲乙第二〇号証に対する反論と同時に、前掲甲第三九、四〇号証の補強意見を内容とする荒居茂夫作成の甲第四六号証も右と同様に採用することはできない。

(ニ) 甲第四七号証中には、大島鑑定が基礎杭の長期許容支持力の算定に当たりqu値(一軸圧縮強度)を上部と下部とに二分したうえ、上部につき一律七・一五トン/平方メートルとしているのは誤りであり、右qu値はN値(標準貫入試験における一定の深度の打込に要する打撃数)が四ないし六の粘土層については格別、N値が〇ないし一の最上層の粘土層については適用し得ず、この場合にはqu値はせいぜい二・〇トン/平方メートル弱となり、従って、右長期許容支持力も次に述べるとおりすべて大島鑑定より小さくなる旨の記載が見受けられるが、大島鑑定によれば、大島鑑定人は、H2柱に近い場所でのボーリングに際しては不攪乱資料三個所を採取して土質試験を行った結果に基づきqu値を算出しているのであって、右算出方法にとりたてて問題があるとは認められないばかりでなく、右甲第四七号証によっても、F2、G2、H2及びI2各柱の基礎杭の極限支持力は、六三・六トン、三六・八トン、四六・五トン及び四三・四トンであり、それらの長期許容支持力は、二一・二トン、一二・三トン、一五・五トン及び一四・五トンとなるのに対し、右各基礎杭の建物荷重は、一七・八トン、一五・六トン、一二・九トン及び一二・九トンであるから、F2、H2及びI2各柱の基礎杭の建物荷重は長期許容支持力以下であり、G2柱の基礎杭の建物荷重は長期許容支持力より大きいが極限支持力以下で、しかも右極限支持力の二・三六分の一の程度にすぎないのであるから、基礎杭を沈下させる程度の支持力不足を認めるには十分でない。

(ホ) 甲第四八、四九号証には、日本道路協会の「道路橋示方書」に示された算出方法を参考としたうえ、F2柱の基礎杭以外の基礎杭につき、いずれも大島鑑定の数値より小さい長期許容支持力を算出しているが《証拠省略》によれば、右甲号各証において採用されている算出方法は、道路、鉄道、及び橋梁等公共性が高く、それゆえ特別に安全性が重視される土木構造物についての手法であり、これを一般建築物である本件建物に適用するのは相当ではないことが認められるから、右甲号各証の数値は採用し得ない。

(ヘ) 《証拠省略》によると、本件建物設計時の構造計算書(丙第一号証)所定の荷重に一階床の積載荷重や自重及び地中梁の自重等をも基礎の荷重に加算したうえ、F2、G2、H2及びI2各柱の基礎杭の総荷重をそれぞれ七一・〇三トン、七二・三一トン、六九・九六トン及び六九・八六トンと算出しているが、右加算された荷重は基礎杭のみではなく、少なくとも直下の土によっても支持されているのであるから右積載荷重等をすべて加算すべきではないし、また、右総荷重を前提にすると、F2、G2、H2及びI2各柱の基礎杭にかかる建物荷重はそれぞれ二三・六七トン、二四・一〇トン、二三・三二トン及び二三・二九トンとなり、すべて設計上の長期許容支持力二〇トンを超え、設計上の長期許容支持力がすべて誤っているという結果となるのであって、この事実から本件建物の設計者ではない被告の責任を追及するのは筋違いというべきであり、《証拠省略》による建物荷重値は採用し得ない。

(3) 以上のとおり、F2、G2、H2及びI2各柱の基礎杭の支持力と建物荷重に関する客観的計測値からは、右基礎杭の沈下を発生させるに足りる支持力不足を認めることは困難である。

(二)  杭打工事からの推認

次に、実際に行われた杭打工事の状況において、基礎杭の支持力を不足させるような不備が存したかについて検討する。

本件杭打工事の状況については、各杭毎に、杭打ち最終段階での各打撃毎の貫入量等を記録したリバウンド用紙を添付して杭打報告書が作成されているところ、《証拠省略》によれば、右杭打報告書中の一五五枚のリバウンド用紙のうち、六二枚分は他の杭のリバウンド用紙を複写して作成したものであることが認められ、右六二本の杭については実際の杭打状況を客観的数値によって明らかにすることができず、リバウンド用紙の右作成経過は誠に遺憾というほかないけれども、《証拠省略》より明らかなとおり、本件建物建設当時の建築業界において、必ずしもすべての基礎杭につき杭打報告書が作成されていた訳ではないことを勘案すると、右事実のみから本件杭打工事に支持力不足を生じさせるような欠陥があったと積極的に推認することはできず、他に右欠陥を窺わせる的確な証拠もない。

また、大島鑑定によれば、H2柱の基礎杭のうちの一本が多少斜めに打ち込まれた可能性があるところ、基礎杭が斜めに打ち込まれた場合には鉛直に打ち込まれた場合に比べて支持力が減少することが認められるが、《証拠省略》によれば、H2柱の基礎杭にかかる建物荷重と鉛直に打ち込まれた場合の長期許容支持力との間には余裕があり、仮に右傾斜により右基礎杭の長期許容支持力が減少したとしても、それは微弱に留まり、建物荷重は右支持力を上回ることはないことが認められるので、基礎杭の沈下を発生させるに足りる支持力不足を認めることはできない。

その他、本件杭打工事に関し、基礎杭の支持力不足を生じさせるような不備があったことを窺わせる証拠は存しない。

(三)  不同沈下からの推認

更に、本件建物内の高低に関する測定結果において、不同沈下の事実を窺わせる数値が存するかについて検討する。

《証拠省略》によれば、株式会社エスコ(以下「エスコ」という。)が昭和五一年八月一六日から同月一八日にかけて本件建物の不同沈下量の測定調査を実施した結果、本件建物の一階床面に最大二八ミリメートルの高低差があったことが認められるが、右調査は右床面の相対的高低差を測ったにすぎないものであって、沈下を生じていない不動の固定点から測定したものではなく、また、右測定結果と比較対照して時の経過による高低差を判断する資料も存しないから、右相対的高低差が浮上により生じたものか、沈下により生じたのかすら判然としないうえ、《証拠省略》によれば、補助参加人新井組は、本件損傷発生の原因調査の際、不同沈下の有無を調査するため、本件建物内の同一の個所の水平レベルを、一年程の時を隔てて二度にわたり測定したが、不同沈下の兆候は見られなかったこと及び前記認定のとおり、G2柱の基礎杭の極限支持力及び長期許容支持力はF2及びH2柱のそれよりも低いのに、エスコの右測定結果によれば、かえってG2柱付近の床面がF2及びH2柱付近の床面よりも高くなっていることなどを勘案すると、エスコによる右調査結果をもって本件建物の不同沈下を示すものとは認めるに足りない。

なお、右基礎杭の支持力の大小とエスコの調査結果との関係について、甲第五二号証中には、各杭の打込まれた地層の相違に基づく圧密沈下量の差異により、まずF2及びH2各柱の基礎杭がより沈下し、その時点で右エスコの調査が行われた後、さらに圧密沈下が進み、最終的には最も支持力の小さいG2柱の基礎杭が最も沈下するに至ったのであるから、杭支持力の大小とエスコの調査結果との間に矛盾はない旨の記載が存するが、右記載には前提事実の証明を欠く推論部分が多いうえ、そもそも右立論の前提である科学的説明が十分な根拠を有するものとも認めがたく、さらに《証拠省略》によれば、本件建物の設計時点では圧密沈下の点をも十分に考慮したうえで問題のない耐力設計がされていることが認められるのであるから、右甲第五二号証をもって、前記F2、G2及びH2各柱の基礎杭の支持力の大小とエスコの調査結果との一見矛盾した関係が合理的に説明されているとは到底認められない。

その他、本件建物の不同沈下の事実を数値上直接的に窺わせる証拠は存しない。

(四)  本件損傷からの推認

最後に、本件損傷が発生したことは当事者間に争いがないので、右損傷の状況等から不同沈下の事実を推認できるか否かについて検討する。

(イ) 右争いのない事実、

(ロ)~(リ) 《証拠省略》

を総合すると、次の各事実が認められる。すなわち、

(1) G2柱の損傷

G2柱には、本件建物内部側及び外部側ともに縦方向に螺旋状の亀裂が走っているのに反して、他の柱には同様の亀裂は一切見受けられないところ、本件建物は、右G2柱の位置を中心として、くの字形に変形しやすい構造になっている。つまり、G列を基準に本件建物の正面玄関に向かって左側のG2、A2、A3、G3、G2を順次直線で結んだ区画(以下「左側区画」という。)は二階建て構造となっており、二階の床部分が一体として水平方向の力に対し抵抗となっているが、一方、G列を基準に本件建物の正面玄関に向かって右側のG2、K2、K3、G3、G2を順次直線で結んだ区画(以下「右側区画」という。)は二階部分が吹き抜けとなっており、左側区画のように水平方向の力に対し抵抗となる二階の床部分が存しないこと、さらに、右側区画の正面玄関に向かって手前側に接するG2、K2、K1、G1、G2を順次直線で結んだ区画(以下「右側手前区画」という。)には一階建てのエントランスホール、食堂及び厨房(食堂及び厨房は後に、浴室等に改造)が存し、その屋根の部分が左側区画の二階床に相当して一体として水平方向の力に対し抵抗となっていること、しかし、右側手前区画に相当する左側手前区画には建物は存せず、いわば右側のみ右側手前区画分だけせり出した恰好になっているため、G2柱の位置を挟んで対角線上に位置する左側区画と右側手前区画のみが他の区画に比較して水平方向の力に対し強い抵抗を示し、弱い地震等の水平方向の力が加わればG2柱の位置を中心に両区画がくの字に位置する形に変形しやすい構造となっていること、仮に建物全体を直方体とした場合、これに水平方向の力が加わったときには、その力と平行な方向に外壁や梁がある面は抵抗力が強く、その力の方向と垂直に対する面は両端から離れるほど抵抗力が弱くなるから、いわば弓なりの形に変形するのであるが、本件建物においてはG2柱をはさんで前記のような対角線構造となっていることから右弓なりの変形が典型的にならず、例えば建物裏側から正面側への水平方向の力が加わった場合、左側区画と右側手前区画とが、連動することなく、しかも各区画自体は一体として(従って、各区画自体が弓なりに変形することもない。)、G2柱を正面側にせり出すように動くため、両者を全体としてみるとG2柱を中心としてくの字形に変形しやすい構造となっていること、G2柱の右亀裂は、右変形の結果生ずるであろう亀裂の形状に符合し、その原因においては本件建物の構造上の要因の占める割合が大きいこと。

(2) 不同沈下により発生すべき損傷

本件建物が不同沈下した場合には、典型的な損傷として、構造壁に対角線方向の大きな亀裂が発生すべきところ、本件建物の構造壁である建物の外壁には右のような亀裂が存しないこと、また、右不同沈下が生じると縦方向の力が働くところ、構造体を構成するもののうち柱は縦方向の力に強い反面、右柱と柱を繋ぐ梁は柱に比較して弱いから、柱に亀裂が発生する程度の力が働けば右柱に接合する構造体の梁にもその接合部分付近に亀裂が発生すべきところ、本件建物にはかかる亀裂が存しないこと(この点に関する《証拠省略》の写真に見られる本件建物裏側のトラス支柱の亀裂はトラスの接合の仕方により通常発生し得るもので、不同沈下により発生する特徴的損傷とはいえず、《証拠省略》の各写真に見られる梁の亀裂についてもこれらが不同沈下により発生したもので通常発生する亀裂の形状とは異なるものと認めるには十分ではない。また《証拠省略》の各写真に見られる亀裂については、すべて発生部位が間仕切り用の壁ないし天井の内装部分に関するものであって、不同沈下の場合に発生する構造体上の前記亀裂には相当しない)。

さらに、基礎杭が沈下すれば右基礎杭上に存する構造体の柱も沈下する結果、屋根、二階床等の構造体にも高低差が発生すべきところ、本件建物には二階床部分ないし屋根の凹凸等の損傷は存しないこと。

(3) マグネシウム鉱滓の膨張の可能性

本件土地の埋戻し土等にはマグネシウム鉱滓が使用され(右事実は当事者間に争いがない)、一部工事の際に除去されて埋戻されなかった部分(レーン部分等)を除き、本件土地一帯に約八〇センチメートルの厚さで右鉱滓が存在したこと及び右鉱滓は膨張する性質を有するところ、鉱滓が膨張すると、上方向ないし水平方向の力により本件建物や本件土地に損傷が発生する可能性があること(この点に関し、《証拠省略》中には、鉱滓膨張により本件損傷が発生することはあり得ない旨の記載が存するが、右各証拠中に記された実験条件が本件マグネシウム鉱滓の状況の条件と同一であるかについて疑問があるなど、他の前提証拠に照らしたやすく措信しがたい面があり、マグネシウム鉱滓の膨張による本件損傷の可能性を否定しうるものではない。)。

(4) 鉱滓膨張による損傷の発生機序に合致する損傷

本件建物外部の駐車場の中央部付近が全体的に隆起していること、本件土地道路側のコンクリート製の側溝が本件建物側から外側へ押し出す形で変形していること及び車寄せの屋根を支える鉄骨柱は、上部は屋根により本件建物に接続して固定されているが基部は本件土地上に設置されているにすぎないところ、基部が本件建物から遠ざかる形で右鉄骨柱が傾斜し、また、玄関口の石段が約三〇ミリメートル本件建物から離れる形で隙間が発生していること、これらはすべて上方向ないし水平方向の力によるものであり、不同沈下により損傷の発生機序には合致しないが、鉱滓膨張による損傷の発生機序には合致すること(この点に関し、《証拠省略》中には不同沈下ないし鉱滓膨張のいずれでもない発生機序(車両の発進、走行による応力波)により発生したものである旨の記載があるが、右発生機序については科学的、合理的根拠が十分といえず、容易に措信できない。)。

(5) いずれの発生機序にも合致する損傷

その他、本件建物には、地中梁の亀裂、F3等柱及び根元付近の亀裂、エントランスホール等の床の亀裂、ビリヤード室等の内壁等の亀裂及び天井の雨漏り等の損傷が発生しているが、右損傷は、いずれも、不同沈下による下方向の力、鉱滓膨張による上方向ないし水平方向の力のいずれの発生機序によっても合理的説明が可能であり、不同沈下による発生機序でしか説明しえない損傷や現象はみられないこと。

以上の各事実が認められる。

右認定の事実によると、最も損傷程度の著しいG2柱の亀裂については本件建物の構造上の要因に基因するところが大きいからこれをもって不同沈下に基づく損傷とはいえないうえ、他の損傷についても不同沈下による発生機序でしか説明がつかないというものはなく、かえって、本件建物には不同沈下の場合に典型的に見られる損傷が存しないばかりか、本件損傷の中には不同沈下の発生機序によっては説明のつかないものすら少なからず存するのであり、他方、本件土地の表土に存したマグネシウム鉱滓が膨張して本件損傷が発生した可能性も十分に存し、現にその発生機序に合致する現象も存しているのであって、これらに鑑みると、本件損傷の状況等から、本件建物の不同沈下の事実を推認することは到底できない。

この点に関する、《証拠省略》は前掲各証拠に照らして、たやすく措信することができない。

(五)  以上の事実によれば、残存基礎杭に関する支持力及び建物荷重の数値上の面においても、また、実際の杭打工事の状況に鑑みても、本件建物の基礎杭が建物を支えるに足りる支持力を欠いていたとは認めがたいうえ、本件建物の客観的状態を考察しても、不同沈下を窺わせる直接的な徴憑が証拠上存しないのはもとより、不同沈下の事実を推認するに足りるほどの現象も認められないのであって、結局、原告が主張するような基礎杭の支持力不足、ひいては不同沈下の事実はこれを認めることができず、この点の瑕疵の主張は理由がない。

2  鉄筋コンクリートの強度不足について

請求原因3の(二)の(2)の事実(鉄筋コンクリートの強度不足)については、なるほど《証拠省略》によると本件建物の床スラブについて設計上直径九ミリメートルの鉄筋を二五〇ミリ間隔で配筋すべきであるのに、これを三〇〇ミリ間隔で配筋している部分や右鉄筋の配置場所が不適当な部分が存し、また、本件建物の鉄筋コンクリート製の柱の配筋についても設計上の間隔とはやや異なる間隔で配筋されている部分が存することが認められるけれども、《証拠省略》によれば、配筋に関する右の程度の設計との相違が本件損傷の発生原因となるものとは認められず、(《証拠判断省略》)、他に右強度不足の事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、右瑕疵の主張も理由がない。

3  マグネシウム鉱滓の使用について

請求原因3の(二)の(3)の事実(埋戻し工事上の瑕疵)のうち本件土地の根切り後の埋め戻し土等にマグネシウム鉱滓が含まれていたこと及びG2柱の亀裂以外の本件損傷が右マグネシウム鉱滓の膨張によるものであることは当事者間に争いがないから、とりあえず抗弁事実(注文者の指図)について検討するに、本件工事前に、既に地表約八〇センチメートルにわたって古河マグネシウム株式会社製造のマグネシウム鉱滓が盛り土されていたこと、根切り土に右鉱滓が含まれていたこと、右根切り土を埋戻し土等に再利用したこと及び原告がゲンプランに設計監理を委託したこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがなく、《証拠省略》によると、被告の下請人である補加参加人新井組が右鉱滓を含む盛り土を一旦根切りし、これをそのまま埋戻工事に使用したのは、右ゲンプランの指示に基づくことが認められるから抗弁は理由がある。

そこで、さらに、再抗弁事実(被告が知り、または、容易に知るうべきであったのにこれを告げなかったこと)について検討する。

《証拠省略》によれば、埋戻し工事の際に補助参加人新井組の工事担当者は埋戻しに使用する土(根切り前の盛り土)が灰色がかった土であるとは認識したものの、これがマグネシウム鉱滓であるとか、埋戻し土等として不適当な土であるとは全く認識していなかったこと、一方、設計段階での地質調査において盛り土に右鉱滓が含まれている旨の指摘はなく、土質試験においても異常なしとされていたこと、本件建物完成引渡し後、原告から本件建物内の亀裂の発生等の連絡を受ける度、被告の下請人である補加参加人新井組はコンクリートの収縮に伴い通常発生する亀裂と判断して、補修を繰り返していたが、昭和四八年三月ころになっても通常とは異なり一向に亀裂の発生が止まらなかったため、右亀裂の発生原因について疑問を抱き、同じく右発生原因をつかみかねたゲンプランとともに亀裂発生の根本的な原因究明の調査に乗り出し、建築構造学、土質力学等の分野を専攻する早稲田大学理工学部教授の松井源吾、同古藤田喜久雄にも右調査を依頼した結果、初めて右鉱滓の存在及び右鉱滓が膨張するという性質を知ったこと、右マグネシウム鉱滓を埋立材料として第三者に供給していた古河マグネシウム株式会社自身も、昭和五〇年ころまで鉱滓膨張による被害の認識を欠き、供給を続けていたことが認められ、これらの事実に照らすと、被告ないしその下請人である補助参加人新井組において、埋戻し土等にマグネシウム鉱滓が含まれ、これが埋戻し土等として不適当であることを知っていたとはいえないうえ、これらを容易に知り得たとも到底いえないから、再抗弁事実を認めることはできず、その他、これを認めるに足りる証拠はない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、マグネシウム鉱滓を埋戻しに使用した旨の瑕疵に基づく主張も理由がない。

五  以上の事実によれば、その余の点について判断するまでもなく本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 北山元章 裁判官 田村幸一 村野裕二)

〈以下省略〉

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